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『富士日記』上中下巻セット(中古) 武田百合子,中公文庫
¥3,000
かなりうろ覚えですが、昔、村上春樹が何かのエッセイで、スコット・フィッツジェラルドの小説について、どこから読んでも楽しい、気が向いた時にページをパラパラめくって偶然開いたところの一文を読んでみたりする、というようなことを書いていた。私にとっての「富士日記」もまさにそういう本で、ふと読みたくなった時に上中下巻のうちのどれか1冊を取り、一部分を読んだりしている。 例えば、中巻。昭和四十二年七月二十一日の日記から引用してみる。 目が覚める。庭のバラスを踏んで主人が散歩に出ていく足音がする。この間までは、ついてゆく犬のハアハアいう息の音が、それにまつわって聞こえていた。私はもう一度ふとんをかぶって泣いて、それから起きる。 朝 ごはん、佃煮、コンビーフ、大根味噌汁、のり。 昼 パン、ビーフスープ、紅茶、トマト。 去年の古い新聞や紙片焼く。 あざみの花粉が粉っぽくなってきた。金茶色の蝶のほかに、紫色に光る黒い大あげ羽がきて、いつまでもいつまでも羽をふるわせてとまっている。… このエッセイが書かれたのは、昭和39年から51年にかけて。武田泰淳という第一次戦後派の文豪の妻で、主婦で、一児の母だった百合子さんという個人の目を通して綴られる、富士山の麓に建てた山荘での日々。 百合子さんは、野の花や昆虫の名前をよく知っていて、ほぼ毎日、目にする動植物のことを書いている。その観察は、人間の目で見たというよりも、蝶が蜜を吸いに来た花を見るようにとても仔細でリアルだ。この数日前に死んでしまった飼い犬、ポコのことも、吐く息の音を思い出す形で表現されている。その書き方はまるで、その植物、動物の生命の営みをそっくり書き写そうとしているかのようで、とても生々しい。その力強さに強く惹かれる。 そういえば、このサイトで紹介している『APIED』の特集は『富士日記』です。合わせて読めば、よりその世界を感じられるはず。(土澤) ■詳細 文庫『富士日記』上・中・下 3巻セット 中公文庫 古書 上巻は表紙カバーに細かな傷が若干ありますが、他は特に目立った傷みはありません。中・下巻はきれいです。
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『街並み』第23号 国道19号線 長野〜松本 2007年6月発行 ナノグラフィカ
¥500
信州の二大都市といえば、長野市(37万人)と松本市(24万人)だそうだ。ひょっとすると、昔の埼玉でいうところの、大宮市と浦和市みたいな感じ?なのかもしれない。 ※ちなみに、私は浦和の出身で、この二つの市は間の与野市を含めて2001年に「さいたま市」となった。いまや岩槻市も編入して、人口126万人を超える政令指定都市だ。 さて、くだんの長野と松本を結ぶのが、国道19号線である。ここを、何度も往復しているうちに「ひとしおならぬ愛着」が湧いてきたのだという。 中の写真とイラストを、東京に住む私が拝見していると、ふと永遠に続きそうで翌日に終わる夏休みのような空気を感じる。なんとなくドライブして、山の木々やトンネル、寂れた民家を通り過ぎて切なくなる。 ミュージシャンに例えると『街並み』はシングルCDのようにカジュアルに、、といってもつくるのは簡単ではないが、、号を重ねている。 中でもこの号を選んだ理由は、2015年に二度松本を訪れているからだ。一度目はクラフトフェアまつもと、二度目は『ゆがみ』で栞日さんの取材旅だった。 ★http://www.yugami.net/?p=545 この軽やかでいて、ハイクオリティな出版スタイルを私も真似てみたい。 2015.11 星野陽介